秘すれば花について
- 庭蟲
- 2024年7月27日
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能の大成者である世阿弥が書き遺した秘伝書「風姿花伝」の中にある有名な一節。
「秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず」
様々な角度から解釈可能な言葉ではあるが、基本的には、秘めるからこそ花になり得る、秘めなければ価値は損なわれる、といった概念を伝えている。
庭の創造においてもまさにこの考え方は極めて大切で、要点をこれ見よがしに露出させるのではなく隠すことで花が生まれる。
小流の庭の作庭時、水の出ずる所にちょうど使えそうな、注ぎ口のついた臼石が既存の庭にあり、それを使ってはどうかと施主様が提案して下さった。
確かに面白いアイデアとして受け取ったものの、水の湧き出るところ、小流の肝になるその重要な部分はやはりそこに集中線を当てるような華々しさを持たせるのではなく、隠したい と思った。
子供の頃野山に遊び、水の流れ出るところを発見した時のワクワク感、その感覚を大事にしたかった。なので施主様の提案は丁重にお断りし、石や草で水の出所を見えなくした。
小流に限らない。例えば小径を作る際も、道のその先まで見通しを晴れやかにするよりも、通りを曲がりくねらせ木や草で視界を遮り、道の行く先を隠した方が、好奇心をそそられ、向こうまで歩きたくなるような小径と成る。
秘すれば花。肝心な事や物ほど、隠されている方がワクワクする。

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